ネガティブは悪いもの?
悪しきは正せ
ごもっともでございます(--
間違ってるところは直す。
悪いところは良くする。
でもそれが当たり前で、それを繰り返していると
段々「悪いものがあってはならない」
の極端な発想になってきちゃうことありませんか?
怒りは何も生み出さない。
人を妬んだり羨んだりする気持ちは恥ずべきもの。
自分勝手な感情は排除すべき。
ネガティブは宜しくない、ポジティブに。
怒りも嫉妬も羨望も、「良くないもの」と扱われるわけです。
でも、ネガティブって、そんなに悪いものでしょうか?
こんな二人って、いませんか?
裕福な家庭に生まれ育ち、欲しがる前に与えられる人生。
欲しいものはすべて持ってるし、与えられるので、
物にも仕事にもあまり執着しない。
「競争もガツガツするのも好まない」そんなおっとりした人生。
親から引き継いだ会社を守り、存続はするものの、
拡大路線は望まない。なぜなら「これで十分幸せだから」
一方、貧しい環境で生まれ育ち、
友達や世間と比べて困ったり悔しい思いをすることが多かった。
だからこそ、お金に不自由する人生はもう嫌だと
努力を重ねて大きな会社に入ったり、自分で会社を興して
寝る間も惜しんで働き、会社はどんどん大規模に。
これ、どっちがいいとかそういう話じゃないですよ(^^;
ハングリー精神はどこから生まれるか、という話です。
満たしたいという欲求は、
そこに「飢えている」気持ちがあるから芽生えるものです。
足りていないから満たしたい。
そして足りなければ足りないほど、求める力は大きくなります。
何かを得たり、達成する原動力は「足りない(=マイナス)」ものを
満たそうとする欲求があるからこそ、生まれるのではないでしょうか。
「無い」から「有る」ことの良さがわかるって、沢山ありますよね。
健康を損なって初めて、健康のありがたみを知る。
休みがないほど忙しいから、たまの休みがとても有り難くて楽しい。
一人では寂しいから、友達や恋人の存在に安堵する。
おとぎ話にもよく出てきます。
いつも退屈している王様。
なぜなら、何でも持っているから。
欲しいものを得るための苦労、それがあるからこそ、得た喜びは大きいものです。
何の苦労もせず得たものは、それだけ価値も魅力も薄いのです。
そしてこれは「足りない」だけではなく、「良くないもの」がある場合も同じです。
「これは良くない、変えていこう」という気持ちがわきます。
そう考えると、物事の発生はいつも「最初がネガティブの状態」
良くない、足りない、だからこそスタートする、そう思えるのです。
だから、もしあなたが何か自分の中に
自分から見て「不十分」なところがあるのだとしたら。
(悪いところ、未熟なところ、足りていないところ、なんでもいいです)
それは同時により良くなるチャンスも原動力も持っているということ。
自分の中のネガティブなもの、それは必ずしも悪いことじゃないと思うんです。
ネガティブな発想を「否定」したり、
あってはならないものだとして、消し去ろうとする必要もありません。
だって、それがあるからこそ、変えていこうという気持ちが生まれるんです。
欠点が多ければ多いほど、克服していこう頑張ろうという気持ちが生まれます。
だからこの先、より満たされた人間に変わっていけるんだということです。
もしかしたら、そこに最初から問題がなかった人よりも。
そう思って私は日々、自分の至らないところを見つけるたびに
落ち込むと同時に
「いやいや、これが改善への原動力
」
と思うようにしています。
原動力だけは山のようにあるんですけどね。。。。。
(なかなかついていかないっていうか・笑
